はじめての。
「ねー、私たち、付き合い始めてどのくらいになるかな」
ベッドに寝転がりながら、聖さんが云った。
「んーと、二ヶ月くらいになるかな……そんなことも憶えてないの?」
私はあきれてそう云う。
「実は憶えてた。忘れるわけないじゃん。日にちも云える」
「じゃあなんで」
「景は憶えてるかなと思って」
……呼び捨てで呼ばれるのにはまだなんとなく慣れない。当たり前のこと、な
んだろうけど。
「そんなこと心配してたの?」
「……まあね」
なんとなく声に勢いがない。私はなんとなく不信感を抱いた。
「どしたの?」
「……」
「なんか云ってよ。私たち、そういう仲でしょ?」
「そうなんだけど」
沈黙が降りた。しばらしくしてから、聖さんが寝転がったまま小さくつぶやく。
「……心配になって」
「何が」
「同情かなんかで付き合ってくれてるんじゃないかって」
「何それ」
私は少し腹立たしく思う。そんなんじゃない。確かに面と向かって付き合ってほしいと
云われたときは少し驚いたけど、私がそこに誠実さを感じて、少なからず好意を抱け
ると思ったから、それを受け入れたのだ。私はそれまで同性にそういう意味合いの好
意を抱いたことはなかったから、私も、あなたのように想えるかどうかわからないけれ
ど、と付け足してだけれど。
何度目かのデート(それまでも二人で外出したことは何度もあったのだけれど)の時
に、なんとなくキスをして、それからデートのたびにするようになって、少なくともそれは
気持ち悪いものではなかった。ずっと聖さんにはそれは伝えたし、伝わってると私は信
じていた。なんだか裏切られたような気分だった。
「じゃあ、どうしたら同情じゃないってわかってくれるの?」
私はベッドに近づく。そう問いかけながらも、私は何をするつもりかを決めていた。
聖さんが身体を起こし、ベッドに座った格好になる。まだなんとなく冴えない表情。
私は唇を聖さんのそれに近づけた。
「景――」
出掛かった言葉を遮るように、唇を塞ぐ。自分からキスしたのは初めてだった。息が
苦しくなるまで、続ける。その融けそうなまでのやわらかさに私は酔っていた。
しばらくしてから、離した。
「これでもまだ――同情だって思う?」
眼の前で聖さんが首を振る。きれいだ、と私は思う。
「好きよ、私も」
耳元でつぶやく。そうだ、考えてみれば私からこの言葉を口にしたことはなかった。
不安になって当然かもしれない。少し悔いる。
「景……」
聖さんが私に唇を寄せる。私はそれに応える。だけれど、そのキスは、今までとは違っ
ていた。しばらく後、不意に唇に何かが当たっているのを感じた。――あ。私は心の中
でつぶやく。私は瞬時のうちに決心を固めて、僅かに唇を開く。思ったとおり、即座に舌
が割り込んでくる。それは、一段階進んだことを私に教えた。聖さんの舌はすぐに私の
それを探り当てた。……気持ち良い。
舌が、なぜかとても敏感になって、快感を脳に伝える媒介になる。私も積極的になって
舌を求めて、絡ませあった。
感覚的にだけれど、とても長い時間が過ぎて、私たちは唇を離した。
私の胸元に聖さんが寄ってきて、抱くような状態になる。
「ね」
「……」
「云ったよね、私、景のこと、男が好きなように好きなんだって」
「うん」
「だからさ……ハダカだって見たいと思うし、エッチなことも……ずっとしたかった」
「そっか」
「もちろん、景のそばに居たり、デートしたり、手をつないだり、キスしてるだけでも幸せ
だよ? でもやっぱり、それだけじゃ満足しきれない」
「うん」
「でも、そんな事云ったら嫌われるんじゃないかって……」
声が弱弱しくなる。私は言葉を発する代わりに、手をまわして、強く抱き寄せる。
もう一度舌を絡ませるキスをしてから、聖さんは私をベッドに寝転がせた。
「……ん」
聖さんもベッドに乗って、私の服に手をかける。上着はすぐに脱げた。シャツにかける
手が、震えていた。私はそっと手を添える。意を決したように、聖さんはそれを脱がした。
息が荒くなる。興奮しているのだ。私はそのことに思い当たり、少し奇妙な満足感を覚えた。
ぎこちない仕種でブラジャーのホックを外す。……いくら聖さんが相手でもやはり恥ず
かしい。聖さんは手を胸に伸ばす。そのまま揉むように手を動かす。手馴れてないんだ、
と自分も初体験であるというのになんとなく感づいた。そのくらい、ぎこちなかった。それ
が、また私のいとしさを煽る。やがて、快感が走るようになっていった。
左手で続けながら、右手でジーンズを脱がそうとする。ぱちん、と音がしてボタンが外れ
た。そのまま一気にずらす。いやに息の音が強い、と思った――自分のものだった。羞
恥心とそれに便乗する興奮が身体を煽っていく。
聖さんがショーツに手をかけ、「……脱がすよ」とつぶやく。
私は羞恥心をこらえ(……だいたい、どうしてここまできて脱がさないという選択肢があ
るというのだ)、いいよ、と云った。
衣擦れの音と、外気にさらされる感覚。
聖さんの指がそこに軽く触れるだけで、全身にしびれるような感覚が走る。危うく声が漏
れそうになる。聖さんが微笑んだ。
「……濡れてる。うれしい。感じてくれて」
そう云って、身体を傾け、私の胸の上に頭をもっていく。身体にさらに強い刺激が走った。
……なめられてる。
「あっ」
声を出してしまう。聖さんの微笑みが強くなる。
しばらく続けてから、聖さんが云った。
「入れるよ」
息も絶え絶えに、私はかすかに頷く。それで、伝わった。
少しずつ、入ってくる。
「痛い?」
私は首を振る。本当は、少し痛かった。
だが、浅いところでの出し入れを続けていると、やがて痛みが快感へと変わっていく、
「あっ、あ! ……い、い、あぁっ」
快感の波が次から次へと襲ってくる。自分が登っていくのがわかる。
そして、やがて。前兆もなく、突然。
途切れて、落ちた。
「あああああっ!!!」
達したんだと、わずかに思う。
寄り添って、途切れがちな会話。睦言。
きっと、かなり幸せな時間。
ずっと続けばいいと、私は思う。
この幸せな時間を、大好きな人と、過ごせれば良いと。
「…ね」
「何」
「愛してるよ」
「私も」
こんな会話を交わせるのは、きっとこういう時間だけだから。
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